• 1/1000のキャリア

手放したのは、髪の毛だけ

「後悔したことは、一切ないですね。失敗だとは思うけど、後悔ではないなって」

そう穏やかに笑うのは、静岡県島田市にあるお寺・林入寺(りんにゅうじ)で副住職を務める、晴貴さん。

でも、その経歴を聞くと、たいていの人が一瞬言葉に詰まります。高校を卒業してからの5年間、彼はJリーグのプロサッカー選手としてピッチに立っていました。 スパイクを脱ぎ、袈裟をまとうまで——。まるで真逆に見える二つの世界を生きてきた晴貴さんに、その選択の理由と、いまの心のうちを聞きました。

怪我ばかりの、5年間

晴貴さんのキャリアの原点は、サッカーです。高校卒業と同時に、ジュビロ磐田とプロ契約。途中、カターレ富山へのレンタル移籍やマルヤス岡崎(JFL)でプレーをしました。

── プロでの5年間は、どんな日々でしたか?

5年間、本当に怪我ばかりだったんです。1年目に肩、次に前十字靭帯、さらに半月板。復帰するたびに、また身体を壊して…
チームがJ3に降格したときには、怪我をしてチームへの貢献もできてなかったので、『何もしてない』って言われることもあって。あの時は、本当にきつかったです

── それでも、この5年を後悔はしていない?

あの経験があったから、”見られる世界”の厳しさを知ることができた。結局、5年目に『もう、今だ』と思って、自分で引退を決めました

「悩む」と「考える」は、違う

実は、晴貴さんが心身ともに追い込まれた経験は、プロになる前からありました。高校時代の「オーバートレーニング症候群」です。

── 当時は、どんな状態だったんですか?

『もっと練習しなきゃプロになれない』って悩みすぎて、朝4時に起きて自主練を繰り返していました。結果、身体も心も壊れてしまって。得点しても、まったく喜べない。監督が心配して、メンタルトレーナーを呼ぶほどでした

── そこから抜け出す、きっかけになった言葉があるとか。

『悩むと、考えるは違うぞ』ってトレーナーに言われたんです。”どうしよう”と足踏みするのが悩み。現状を整理して、解決策を出すのが考える、ということ。そこから僕は、何事も逆算して考えるようになりました。

「何をしたいか」より、「誰といたいか」

5年間のプロ生活に区切りをつけ、1年間はクラブの運営スタッフとして働いた晴貴さん。次に選んだのは——僧侶の道でした。サッカーとは、まるで真逆の世界です。

── どうして、お坊さんの道へ?

きっかけは、結婚でした。結婚を考えていた相手の実家がお寺で、『継ぐなら結婚させる。継がないなら別れろ』って言われて(笑)

── すぐに「継ごう」と思えましたか?

いや、それが……。一旦、誰にも言わずこっそり修行体験に行ってみたんですけど、あまりの厳しさに、布団の中で涙が出ました。その時は『なんて言って断ろうか』って、本気で考えましたよ(笑)。でも、最終的には覚悟を決めました。

── 最後に背中を押したのは、何だったんでしょう。

何をしたいかより、誰といたいか、だったんです。サッカー界に残る選択肢もありました。でも、大切な人と、その家族を支える番だと思って、『やるよ』と腹を括りました。

同期が脱走するなかで

こうして晴貴さんは、約2年4ヶ月にわたる修行生活へ。睡眠時間を削って経典を暗記する日々。そして、僧侶として初めて向き合う「死」。それは、想像を絶するものでした。

── 修行は、どれくらい過酷だったんですか?

最初の1週間は朝3時に起こされ、何もない部屋でただ壁に向かって坐禅を組む。それが夜の9時まで続きます。10kgは体重も減りました。栄養失調になるんです。

── 同期が次々と脱走するなかでも、辞めなかった。

僕には『継がなきゃいけない』という責任感があった。10人ほどが道場を去っていきましたけど、逃げるという選択肢は、1ミリもなかったんです。それに、過去のサッカーのきつい経験に比べたら……って言い聞かせていました(笑)

得たもの、手放したもの

厳しい修行を経た、晴貴さん。

── 「普通じゃない道」を歩いて、得たものは何でしたか?

サッカー以外のつながりが増えて、世界がぐっと広がりました。本当に、いろいろな経験ができるようになって。

── では、手放したものは?

晴貴さんは、少しいたずらっぽく笑ってこう答えました。

手放したのは、髪の毛だけですね(笑)

後悔はない。でも、反省はある

── 本当に、後悔していることはない?

冒頭の言葉のとおり、晴貴さんに後悔はありません。けれど、「もっと考えればよかった」という反省が残る出来事は、正直に話してくれました。

自分の意見をぶつけすぎて、大切な人を傷つけてしまったことがあって。それは反省として残っています。でも、それも含めて、今の僕の経験なんです。

── 困難を「誰かのせい」にしない。その強さは、どこから?

外側の現実のせいにするんじゃなくて、全部自分の世界として捉える。自分がどうにかするしかない、っていう感覚ですね。それが、僕の中の自信の根源なんだと思います。

これから描く未来

── これから、挑戦したいことは?

妻と日本一周旅行に行きたいです。今、旅行に行くのはむずかしいですから。そこから逆算して、どう楽しむかを考える。そう捉えると、きついことも”充実感”に変わるんですよ。

── お坊さんとしては、どうありたいですか?

誰でも気軽に来られるお寺にしたい。子どもも、おじいちゃんおばあちゃんも遊びに来る場所に。人の苦しみに寄り添えるお坊さんでありたいです。

同じように、「普通じゃない道」を考えている人へ

── 最後に、新しい一歩を踏み出せずにいる人へ、メッセージをお願いします。

どうしたら踏み出せるかと聞かれたら、最後は『覚悟』と『勇気』しかない。”ダメだったら、それでいい”っていう開き直りも含めて。
自分が思う道を信じることが大事かもしれません。


編集後記

プロサッカー選手と、お坊さん。正反対に見える二つの肩書きを、晴貴さんは「きつい方を選んだだけ」と、なんでもないことのように語ります。

けれど話を聞いていくと、その選択の一つひとつが、どん底の経験から導き出された「逆算の論理」に支えられていることがわかります。「悩む」のをやめて、「考える」を始めたとき、人生のハンドルは、もう一度自分の手に戻ってくる。 晴貴さんの生き方は、そう教えてくれている気がしました。

手放したのは、髪の毛だけ。そう笑える人生は、一つひとつの決断を「自分で選んだ」と言い切れるからこそ、なのだと思います。

あなたが「考える」のを後回しにして、ただ”悩んで”いることは、ありませんか?

📖 次に読む『1/1000のキャリア』→ 「決断の数だけ、人生は豊かになる」

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